手を放す 軽くなる

満ちてゆく。



藤井風の「満ちてゆく」
いい曲ですよね。




わたくし、こういうチルな感じの曲、好きですね。
1サビ以降のリズムがくる感じ良きです。
本拠地はメタル周辺なんですけど。
藤井風のチル系やダウナー系の曲?とても好きです。


いや話が唐突すぎですが実はこれも愛猫の遺品整理の話で、(またかよ)
やっと、「ごはんの台」を片付けました。

これが結構、私の中では大きいことで。
なんか……例えば、寝床とかって、ヘタったり汚れたりで買い替えたりするし、
おもちゃも壊れれば買い替えるし、
ご飯自体なんて、1番の消耗品で買っては無くなるし、
そうやって色んな物が流動していたけど……

ご飯の器を置く台は、ずっと同じものを使ってたんですよね。
ちょうど良さげな高さで。
台の上に、更にトレーを置いて、そこに器を置いてたから、食べこぼしとかがあっても台自体は汚れなくて。
ずーーっと、もう据え付けか?ってくらい、
そこにあり続けてたんですよね。

だから、片付けたら、本当に景色が変わっちゃうなぁ〜って。
それにやっぱ「ご飯」ていうのは、一番「存在する」って感じと直結するというか。
そこに誰かがいる証というか、暮らしの根源というか。
なので、なんかちょっとこれはデカいんだよな、と一瞬構えてしまったら、そこからなかなか手がつかなかったんですよね。

でも、それはそれで、段々と、
「静かだな」っていう実感が質量を増してきて。
とにかく食いしん坊で、いつもおねだりに大騒ぎして、やっとありついたら勢いが過ぎてこぼし散らかして、
散らかした分も自分で手でチョイチョイしてかき集めて食べて、
っていう、16年見ても見飽きない姿が、
ないなぁ、ご飯、空っぽだなぁ、って。

「空白」がより輪郭を待って感じられるようになったのを、ふいに認識したので、
それが悲しく辛くなる前に、手放した方がいいなと、大事に思うなら、引き際こそ大切、と、
なんとなく思って。
そのままなんとなく片付けてみて。
ああ、片付いたなぁ、と。

そしたらなんだか、
「思い出にしていくんだなぁ」みたいな、
自分のなかに、ひとつ、満ちるような感覚があったので、

手を放す 軽くなる 満ちてゆく

と藤井風のワンフレーズになったわけです。
穏やかに、季節が変わるみたいに、
そんな感じでいこう。